今日から寂しくなります。

昨年9月から里帰り出産していた娘が、今日富士山静岡空港から第一便で佐賀に帰りました。
嫁さんも娘と一緒について行ってしまい、料理も作れないし家のことは嫁さん任せの僕は不安でいっぱいです。
僕は22日に佐賀に行って24日に嫁さんと帰って来るのですが、この一週間は『初めてのお使い』の幼子たちの心境でしょうか……。

この5ヶ月の間には嫁さんのお母さんが亡くなり、今年40を迎える長男が結婚したことも、時の流れを感じさせる大きな出来事でした。
男性の平均寿命を85歳とすると、僕が子どもや孫たちと会えるのは年に3~4回として60~80回程度。月で考えたらたった3ヶ月しかありません。
佐賀へ帰った孫と3ヶ月一緒にいたことを考えると不思議な気もします。
残された時間を後悔しないで終止符を打つために、もう一度自分の人生仕切り直しを考えないといけませんね。
さぁ何して遊ぼうか。笑笑


眼瞼下垂の手術をしました

昨日13日に眼瞼下垂の手術をしてきました。
左目は高校生の時にメガネのレンズが割れて目元に突き刺さり15針縫う手術をしたため、目元の肉を削ったぶん年齢と共に目尻に瞼が大きく垂れ下がるようになりました。
その当時のレンズはまだガラスで、割れると魚のうろこのようにバラバラに破裂するようです。
整形外科で手術したのですが、破片を探すのに注射針を刺して針が当たるのを確認しながら探していたのを今でも覚えています。
瞼の付け根を縫うときも、あの尖った針が15回も目のまん前を行ったり来たりする恐ろしさといったらありません。

もう片方の右目はというと、小学校高学年のころ?物もらいが出来たのを自分でピンを刺したら後がちっちゃなイボのように残ってしまい、それを40歳のころ何かの手術の時に形成外科の先生がついでだからと暇潰しのように取ってくれました。
それで終わったかと思いきや、やっぱりこれも年と共に瞼が下がってきたせいで、ここ数年は逆さまつ毛に悩まされるようになりました。

いったいどんな目をしてるんだと思われるかも知れませんが、写真をお見せする勇気も無いし、見てもけして気持ちも良いものではありません。平にご容赦を。

今日の診察で優しい目になったと言ってくれたその先生は、今年40歳を迎える長男が二ヶ月早く未熟児で産まれたときに目の異常が無いか診てくれた先生です。
人の縁とか繋がりってあるものなんですね。

白バイに捕まった

と言っても僕ではありません。
BPを走っていたら側道から白バイが僕の前に入りメーター読みで60km手前ギリギリで走るので僕の後ろは数珠繋ぎ。
追い越し車線を気持ちよく走ってきた車も僕の横でおっとっととスピードダウン。
なんか白バイが障害物になって渋滞起こすのも滑稽です。
そのまましばらく走っていたら僕の横をベンツがそろりそろりと抜いていきます。おそらくスピードは出ていても60後半くらいでしょうか?
あのくらいのスピードだと白バイも捕まえるのは難しいのかな?なんて思っていたらいきなり白バイが僕を抜いてかっとんで行きます。
ベンツは少し先を走っているし、今さらベンツは無いだろから事件発生で緊急出動かな?なんて思っていたら、白バイがベンツに追いつき手で何やら合図しています。
次のICでベンツは降ろされて行きましたが、なんとまぁご愁傷様なことです。
しかし今日はあちこちでお巡りさん見かけました。お休みの日なのにご苦労様です。

どうやら僕の膝痛は下肢静脈瘤手術が正解だったみたい

昨年9月9日に右足下肢静脈瘤の手術をしてから5ヶ月が経過します。
今はもう膝が痛いのはすっかり忘れた生活を送っています。
手術後2ヶ月の時に書きましたが、Drもこれで膝の痛みが無くなったことに驚いていたくらいだから、僕の場合はレアケースかも知れません。

自分的にはヒアルロン酸の注射を何本も打って効果がみられなかった時から、これは普通の膝痛とは違うものと感じていました。
もちろん筋肉痛でもなく、おそらく神経痛的なものではと。
治った原因は、一言で言えば『血流が良くなった』……それに尽きるのではと無いかと思っています。

もしかして、僕と同じように膝が痛いのに膝関節にも筋肉にも問題ないのではと感じている人は、一度下肢静脈瘤に詳しいDrに相談してみてはどうでしょう。
ひょっとしたら、僕と同じように膝痛とおさらば出来るのかもしれません。


七年ぶりの梅ヶ島

昨日日曜は仕事がらみで梅ヶ島に行ってきました。
梅ヶ島は友人Tさんと一緒にバイクで行って以来の実に七年ぶりでしたが、やはり道路が……。
まぁそれがあってそれ以来行くことは無かったのですが、今回車で行ってもやっぱり昔と同じでした。
大井川は川幅が広く陽を浴びながら走れるし、開放感もあって気持ちよく走れます。
大井川鉄道が並んで走る区間もあり、SLと遭遇する機会もあったりします。
片や安倍川は山間を縫うのは同じでも、川幅が狭い上に陽当たりも悪く、陽が射すところには人家が並ぶものの、その他の区間は狭い道に対向車に気を使いながらの走行。
気を遣うし何より走っていて開放感がありません。
観光にはやっぱり安全で快適に走れる道路は必須でしょうね。

少し下では10°だったのに、梅ヶ島には本当に薄っすらだけど雪が積もっていて外気温は5°……寒いはずです。
車だと暖房が効いてるので油断しがちですが、素人には山間部の湿った道路とブラックアイスバーンの違いがわかりにくく、恐さがあります。
温泉にも興味がない僕的には、次を期待するものが見つけられそうも無いなぁ~~
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『どてらい男』、ようやく現存する129話まで見終わった

昨年末29日からYouTubeで見始みた『どてらい男』も、欠損する第2話を除き現存する第129話までをようやく見終えました。
ネットで調べたら181話まであるようだけど、残っていて見れるのはここまでとか。
見始めたときは、これっていったい何話まであるのかと気になったけど、見始めたらそんなことより何処で見るのを止めるか大変でした。
とにかく見るのは夕食終わってから夜中の零時頃まで、最近朝は4時頃から朝食の始まる6時まで。
おかげでテレビなんてほとんど見ることも無い孟やん漬けの毎日でした。
130話以降のは133話とか134話とかの特別編というのがあったけど、数枚の静止画像と音声のみ。
というのもこの『どてらい男』は関西テレビ開局15周年記念ドラマとして制作され、1933年から1977年の約4年近くも続いたようだけど、昔は保存など無く上書きされるなどしてテープが残っていなかったらしい。
モデルとなった山善㈱に7から129話が保管され、それが寄贈されたことを切っ掛けに2014年に『どてらい男捜索プロジェクト』が本格的に始まり、そしてそのあと何話かが見つかり今こうして再び見ることが出来たよう。
途中で終わってしまうのは残念だけど、充実した時間を過ごさせてくれたことに深く感謝しています。

このドラマの中に忘れてはいけない昔の日本、日本人の姿があったけど、今の若い人が見たら何て思うんだろう。
ちょっと気になるかも……

『どてらい男』三昧の毎日

年末29日から見始めた『どてらい男』、出征して帰還し103話にしてようやく嫁さんと再会。
よくもまぁここまで見続けたものと自分で自分に感心してしまいます。
なんてったって早朝、夕方から深夜まで時間があれば猛やんずくし。
でもこれで安心して次からの大阪での再出発をのんびりマイペースで見れそうです。笑笑
さぁ、いつも朝は4時30分には起きているからもう寝ないと朝は近いぞぅ~